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樹木希林さんと内田裕也さんの関係が、実にヨガ的だった話|ヨガ哲学

2018年9月15日にご逝去された、樹木希林さん。

唯一無二の演技力は言うまでもありませんが、それだけでなく、魅力溢れる人間性にも注目されていました。

彼女が内側に秘めていた深い哲学が世の中の共感を呼び、今もなお、人々の心に響いているのです。

そんな樹木希林さんは、ご主人である内田裕也さんとの関係も普通ではありませんでした。

いわゆる「めちゃくちゃな男」だった内田さんと

最後まで連れ添うことができたのは、相手が希林さんだったからこその奇跡だったとさえ言われているんです。

 

以前テレビ番組の取材で、樹木希林さんが夫・内田裕也さんについて語った言葉の中に「ヨガ哲学に通じるもの」がありました。

希林さんと内田さんの夫婦関係の中に、どんなヨガ的要素があるのか?紐解いていきます。

 

樹木希林さんが、夫・内田裕也さんについて番組で語った内容

希林さんの夫・内田裕也さんは、元交際相手とのトラブルで逮捕された過去や、不倫疑惑などもありました。

いわゆる「めちゃくちゃな夫」。

そんな内田さんと離婚もせず、最後まで連れ添った希林さん。

2人は奇跡の関係と言われましたが、希林さんが内田さんに対してどのような気持ちでいたのか、ある番組で次のように語られていたんです。

夫である内田裕也と結婚してから、自分がケンカが好きなんだなぁというのを感じた

自分の中にこんだけ激しいものがあるんだってわかったんです

 

人はね「うちの夫となぜ別れないんだ」って言うんですよ

 

人から見れば私がちゃんとしていて、うちの夫がメチャクチャに見える

実際にそうなんですけれども

 

仏典の中に釈迦が

”自分に背いて邪魔ばっかりしている提婆達多(ダイバダッタ)という弟子がいたが、提婆達多がいたおかげで、自分はこれだけのものを悟ることができた”

というくだりがあるんですけど

 

自分にとって不具合だなというものの出会いは全てその時の提婆達多だったという風に私が受け取るものですから

 

そのもうひとつ深く突き進んでいくと

私の中のどうにもならない混沌とした汚れみたいな心のどうにもならないものが

内田さんというカッカカッカしてるものにぶつかって

清められているというか収まっている

 

そういうものなので、ありがたいと思っているんです

 

―フジテレビ系「シンソウ坂上」 2018年10月25放映分より抜粋(一部編集)

なんだか聞いていて涙が出そうになりますね。

気が合うとか合わないとか、そんな次元を超えた深い愛情を感じます。

 

仏典の話が出てきたので、希林さんの中にある哲学は「仏教」がベースになっているようです。

仏教の始まりはインドから伝わってきたと言われているので、希林さんの思考がヨガ的だと感じるのも必然なのかもしれません。

 

そしてこの考えは、夫に限らず自分以外の誰かと関わる時にも、ヒントになりそう。

この樹木希林さんの名言から学べることを、次の章で解説したいと思います。

 

夫・内田裕也さんに対する考え方から見えてくる3つのヨガ哲学的な要素

自分を客観視して自分を知る。そして、納得して「一緒にいる」という選択をした。

夫である内田裕也と結婚してから、自分がケンカが好きなんだなぁというのを感じた

自分の中にこんだけ激しいものがあるんだってわかったんです

「自分は喧嘩が好きなんだなぁ」という言葉からわかるのは、普段から希林さんは自分のことを客観視しているということ。

内田さんとの関りのなかで、自分の性質(性格・好みなど)を知ろうとしているのです。

このように「自分を客観視する」という行動は、ヨガをしている時と全く同じ状態。

ヨガでは、ポーズや呼吸法が上手くいかなくても「良い」か「悪い」かを決めずに「あぁ、今は呼吸法が上手くできないなぁ」と、ただありのままを見つめる練習をします。

このようにヨガで自分を客観視する最終的な目的は「自分を知るため」なのですが、自分がどういう人間か分かってくると、感情に振り回されず、冷静でいることができるんです。

 

希林さんはご自分の中で、ヨガの客観視と同じことをしていたんですね。

そして「喧嘩が好きな自分」を知り、自分自身に納得して内田さんと関わっていたから、最後まで連れ添うことができたのかもしれません。

 

理解できないような存在こそが、自分に新しい「気づき」を与えてくれる。

仏典の中に釈迦が

”自分に背いて邪魔ばっかりしている提婆達多(ダイバダッタ)という弟子がいたが、提婆達多がいたおかげで、自分はこれだけのものを悟ることができた”

というくだりがある

この釈迦と提婆達多の話のように、

希林さんは、内田さんと関わることで様々なことに「気づき」、それを自分の成長の糧にしていました。

 

ヨガでも「気づき」は自分の成長のためにとても大切な第一歩と考えられています。

問題点に気づかなければ、それを改善することはできません。

自分の状態を知らず(気づかず)に、ステップアップすることもできません。

たとえば、姿勢が悪い人がそれに気づかず「私は姿勢が良い」と思い込んでいれば、姿勢を改善するための行動を始めることはできませんよね。

つまり、「気づき」の数だけ、人は成長するチャンスがあるということなんです。

 

自分にとって無害なものばかりに囲まれているとラクかもしれません。

でも、新しい「気づき」は得られないんです。

自分にとって不具合な、理解できないような存在がいるからこそ、たくさんの「気づき」を得ることができる。

それを知っていたから、希林さんは「内田さんだったからこそ、今の自分がある。」と感じていたのでしょう。

 

不都合なことが起きても、「自分の人生に必要なこと」と捉える。

自分にとって不具合だなというものの出会いは全てその時の提婆達多だったという風に私が受け取る

逮捕されたり不倫報道などがあったわけですから、希林さんはきっと、内田さんとの関りの中でどうしようもない感情に振り回されることもたくさんあったに違いありません。

それこそ「不具合だな」なんて言葉では済まされないほどに。

でも希林さんの言葉からは、そんな内田さんとの出会いも「自分の人生に必要なこと」と捉えていたことが読み取れます。

 

ヨガの考え方で「目の前に起こったことを、まずは受け入れる」というものがあります。

それは、起きたことを一度冷静に受け入れることで、乗り越えていく覚悟ができるから。

起きたことに対して感情を荒立て、振り回されているうちは、何も解決しません。

「これは自分の人生に必要なことなんだ」と受け入れることで、自分の成長につなげていく前向きな気持ちを思い出すことができます。

 

生きていると、傷ついたり苦しいことばかりだと感じるときもあります。

だけど、マイナスに思うような経験があるからこそ、人生に深みが増していくんですよね。

これは樹木希林さんが、人生を通して私たちに教えてくれたことなのかもしれません。

 

まとめ【樹木希林さんの中にあった哲学的要素はヨガにも通ずるものだった】

いかがでしたか?

内田裕也さんのような人と一生添い遂げることができたのは、樹木希林さんの内にある強さに違いありません。

 

でもそんな希林さんが持っている強さは、

「自分を知ること」

「気づくこと」

「不具合なことも人生の糧にすること」

の実践によって、私たちでも手に入れられるんです。

 

生きていると、悲しさや怒りなど悪感情に振り回されてしまうことがしょっちゅう起こります。

でもそれを学びに変えて、まわりの人に感謝できる人生を送ることができたら、希林さんのように穏やかに後悔しない生き方ができるはず。

 

この記事で書いてきたような樹木希林さんにあるヨガ的な要素は、ヨガの実践によって少しずつ培っていくことができます。

ヨガは「ポーズをとるもの」というイメージがありますが、そのポーズも、実は「ヨガ的な生き方」に繋がっていくものだったりします。

 

様々な名作を始め、その人生をもって私たちに様々なことを伝えてくれた樹木希林さん。

改めて、ご冥福をお祈りいたします。